司馬遼太郎『竜馬がゆく』(その1)

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こんにちは、メンタルが弱いリーマン、サメぴょんです。

今回は、司馬遼太郎『竜馬がゆく』をご紹介します。

「現状を打破したい」、「大志を抱いて生きていきたい」、「リーダーシップや交渉術を身に着けたい」、「とにかく、歴史が大きく動いた瞬間を描く、爽快な話が聴きたい」方に、おすすめです。

さあ、やってまいりました、『竜馬がゆく』です。

サメはこの小説が大好きです。「好きな歴史上の人物は?」と聴かれたら、「坂本龍馬」と「空海」と答えます。(友人の少ないサメは、実際にそんなこと聴かれたことがあったか、覚えていませんが。)

昨年(2025年)夏、文春文庫(全8巻)を読み終えた後、あまりの感動に、いてもたってもいられず、龍馬の故郷、高知へ旅立ちました。サムネの写真は、現地でサメぴょんが撮ったものです(笑)

あまり行動力があるとは言えないサメですが、この時ばかりは、自然と足が高知に向かいました。龍馬に会いたい。たとえ銅像であっても。という感じでした。

高知、めちゃくちゃ良かったです。一に坂本龍馬。二にも坂本龍馬。三、四がなくて、五にカツオ(今まで食べたカツオのタタキは偽物だったと感じるほど、美味かった)といったところでしょうか。

さて、話を戻します。

坂本龍馬は、幕末(江戸時代の終わり)に大活躍した、土佐藩(現在の高知県)出身の志士です。

彼の残した功績は数あれど、次の2つは外せない。

  • 薩長同盟の仲介
  • 大政奉還の推進

歴史の勉強をしたいわけではないので、簡単にいきます。

薩長同盟は、当時めちゃくちゃ仲が悪かった、薩摩藩(現在の鹿児島県)と長州藩(現在の山口県)を言葉巧みに、そして行動をもって説得し、軍事同盟を結ばせた。これにより、江戸幕府を倒す流れが加速した。

大政奉還は、軍事同盟による武力により、力づくで幕府を倒すのではなく、将軍自らが政権を朝廷に返す、平和的な解決策を提案し、実現した。

どちらも教科書に載る、歴史的ビッグイベントを、一人の男が実現してしまう。すごいことですね。現代で言えば、ノーベル賞を受賞した翌年、、、何だろう、上手い例えが思いつきません。

とにかく、すごいことを同じ人物が成し遂げた、ということです。(本当は2つだけではありません。今回、そこらへんは割愛します。)

さてここで、2つのビッグイベントを改めて確認いただきたい。

どちらも、龍馬自身が自分で何かをやった、というより、人と人との間に入って、しっかり調整しています。

そうです、坂本龍馬は名プロデューサーであり、そうなれたのは、人の心を動かす、一人の人間としての圧倒的な魅力があったからだと思います。

みんな、龍馬を好きになってしまうんですね。


さて、坂本龍馬の魅力を感じる言葉を、本書から引用していきましょう。

「まだ自分が、わかりません」

と、竜馬はいった。

「しかし、まあ夢中で日をすごしておれば、いつかはわかるときが来るじゃろ、と自分では思うちょります」

(衆人がみな善をするなら、おのれひとりだけは悪をしろ。逆も、またしかり。英雄とは、自分だけの道をあるくやつのことだ。)

「なにをやるのかね」などと竜馬は人のわるいことはいわない。事実、なにをやるのか、竜馬でさえ、いまのところよくわかっていないのだ。そのために長州へゆくのである。

口から出る言葉の一つ一つが人の意表をつくのだが、そのくせ、どの言葉も詭弁きべんのようにみえて浮華ふかでは決してない。人をわなにかける言葉ではないのである。

自分の腹のなかでちゃんとぬくもりのできた言葉だからで、その言葉一つ一つが確信の入った重みがある。

そのくせ、雄弁ではない。体全体がしゃべっているような訥弁とつべんで、そのうえ、ひどい土佐なまりなのである。

これらは、『竜馬がゆく』の序盤で出てくる言葉です。(文庫全8巻のうち、1・2巻からの引用です)

竜馬の人物像が見えてくる。これから成し遂げる偉業の、土台になるであろう人柄が分かる言葉の数々。

この他にも、たくさん面白いところがありますが、キリがないので、『竜馬がゆく』は何回かに分けて、ご紹介したいと思います。(熱量が伝わればうれしいです。)


さてここで、2巻までの内容で、書かずにはいられない人物がいます。武市半平太(たけち はんぺいた)です。

再び、高知の旅が役に立ちました。こちらの写真も、サメぴょん撮影です。

JR高知駅前に、堂々とそびえ立つ三志士。真ん中が竜馬、左が武市、右が中岡慎太郎です。(中岡慎太郎については、次回以降のご紹介で登場する見込みです。)

武市は、龍馬と同じ土佐藩の出身で、なんというか、兄弟のような存在です。いや、幼馴染といった方がいいか、ライバルといった方がいいか・・・。

武市自身、歴史の大役を担った大物です。(銅像になるくらいですからね。)

そんな武市と龍馬の関係が、やりとりが、めちゃくちゃ面白い。お互いの魅力が、より高まる。

サメの下手な言葉より、本書から引用していきます。

龍馬は終生、餅はあくまでも餅にすぎぬ、という考えの持ち主だった。腹がへった時に食えばよい。しかし武市は餅一つをみても単なる物質とはとらず、そこに何らかの意義付けをしたがるのが性向だった。だから、事ごとに逆らいあう。そのくせこの現実主義者と理想主義者は、どこかでうまがあっていて、ひどく仲がいい。

「竜馬」

武市は、真っ赤になった。

「お前は、尊王攘夷を笑うか」

「笑わん。わしも尊王攘夷じゃ。もっとも学がうて、お前のような高慢は張れんが」

「高慢とは何ぞ、高慢とは」

「言いなおす。論じゃ。論はろくにしゃべれんが」

「よし、わかった」

武市は、試合の話どころではない。

「されば、いまなぜ笑った」

「こらあ、癖じゃ、ゆるしてたもれ。お前の真面目な顔を拝見しちょると、つい、からかいたくなった」

「よし、ゆるす」

あっさり、武市はいった。

おんし

武市は言葉を荒げ、

「武士が敵をみて弱音を吐くか」

「吐くわい」

「されば、おんしあ、武士ではないのか」

「武士〃〃とがみがみいわんすな。耳が鳴るわい」

「されば、おんしあ、何じゃい」

「坂本竜馬じゃ」

性格は反対のように見える。でも、どこがどうなってかは分からないが、上手いこと、かみあう二人。

まさに親友、兄弟、幼馴染、ライバル・・・。やっぱり、なんといったら良いか分からない。もう、こういう関係のことを、「竜馬と武市みたいな関係」と呼べばいいんじゃないか、とさえ思います。

今回はこれくらいにして、また、『竜馬がゆく』について、ゆっくり書いていきたいと思います。

本当は、全8巻をこの記事にまとめる予定で書いたのですが、この本が好きすぎて、2巻までの内容で、ここまで長くなってしまいました。まだまだ文章の構成力が上がらないなあ、と落ち込みつつ、まあ、熱量が伝わればいいか、という思いで投稿しちゃいます。(笑)

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

🦈サメぴょんは、言葉の力を信じています。🦈

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