
こんにちは、メンタル弱々リーマンのサメぴょんです。
今回は、リリー・フランキーの『美女と野球』をご紹介します。
「まともな大人でいることに疲れた人」、「他人(自分)の弱さを認めたい人」、「なんかもう、どうでもよくなってきた人(笑)」におススメです。
メンタルが下がっている時に特に良いです。悩みが消えます。
ただし、常用はおススメしません。どうでもよくなりすぎます。
さて、今回はリリー・フランキー『美女と野球』です。
このエッセイをご紹介するか否か、正直すごく迷いましたが、自分の気持ちに正直になって、筆をとりました。
はっきり言って、このエッセイは、めちゃくちゃ面白いです。「伝説のエッセイ集」と言ってもいいのでは。
初めて読んだのは高校生の時で、かなり衝撃的な内容でした。「大人って、こんなんなんか!?」、「こんなんで、ええんか!?」と。
高校生の時は理解できないところも多く、でも面白く、その後に大学生→フレッシュ社会人→疲れが見えてきたおっさん、と歳を重ねるごとに、理解できる部分がどんどん増えていく。
しかし、根本的に「くだらない」。そして、下ネタ大盛り。

これはそんな底の浅い濁流のような毎日を書き留めた本です。
改めて読んでみると、「まえがき」に、ちゃんと書いてありました。
まさに、底が浅い、濁流のような、下世話な毎日。
高校生の時は「なんだよ、それ」、と思ってスルーしてたところが、歳を重ねると、「結局は、そうなんだよな…」に変わる。
これを「成長」と呼んでいいかは、非常に疑問が残る。でも、人生を楽しめるようになったとも言える。高校生の時に出会っておいて良かった、と思える。たぶん。
まあ、とりあえず、見ていきましょうか。

果たして、自分に存在価値など、あるのだろうか?いつも疑問に思うことだ。それはボクだけの問題でなく、すべての人々が考えてしかるべきテーマなのだが、これを考えると人間は切なすぎるので、こんなことも感じず毎日鈍感に生きる方が多少は幸せな暮らし方ではある。

肉体は出来るなら一年でも若返りたいと思うが、感性が一日でも若返るのは耐え難い。

どっちが上とか下じゃない。人に上下は決してないと思う。
だけど、人には上下はなくとも左右はある。横にはいろいろあるのだ。差別はなくとも区別はあっていい。
いかがですか。ごもっとも、と思える言葉が多いのでは。
しかし、こういった「たしかに」と思える言葉が、下ネタと下世話な話題の隙間に少しだけ入っているのが、このエッセイ。だからこそ、こういう言葉が心に残るのかもしれない。
急に思い出しました。
大学生の頃、バイト先で、仕事をしないサボりまくりのバイト一人を除いて、サメを含む真面目なバイトの時給が上がったことがあった。
一人だけ、時給が上がらなっかったサボりバイトは、「差別だ!」と騒いでいましたが、その時サメは、「差別じゃない、区別だ」と、はっきり思いました。
使い方が合っているか分かりませんが、高校生の時に読んだこの本の言葉が、ちゃんと心に残っていたみたいです。
基本的に、下世話な「底の浅い濁流のような毎日」を描いたエッセイです。
上述したような、心に残る言葉もあるけれど、その下世話な部分もめちゃくちゃ面白い。
なかでも、
- シンクロ鬼コーチ
- ゴムとエイズとベトナム美人
- S○Xなんてなければいいのに
- コントの国の人
は、何回読んでも笑ってしまう、かつ、下世話なのに考えさせられる、名作だと思います。
詳細は、中々気軽に書ける内容ではありません。ぜひ、本書を手に取ってみてください。

サメぴょんは、著者のリリー・フランキーさんが大好きです。土曜の『スナック ラジオ』も、毎週欠かさず聴いています。演技もすごいですよね、Netflix『地面師たち』でも、やばかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
🦈サメピョンは、言葉の力を信じています


コメント