なぜ・どう飛ぶか、なぜ・どう生きるか。

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サメぴょんです。この記事ではリチャード・バックの『かもめのジョナサン』をご紹介します。

この物語の主人公は、タイトル通り、かもめのジョナサンです。

カモメ、、、カモメの物語?

と思う方もいるかもしれませんが、ジョナサンは、ただのカモメではありません。

普通のカモメ達とは一線を画する、「飛ぶ」ということの意味を追求する、めちゃくちゃ意識高い系のカモメです。

普通のカモメにとって「飛ぶ」とは、餌を手に入れるためのただの移動手段でしかない。

でもジョナサンは、「より速く」「より美しく」飛ぶことを、命の危険を侵しながらも、ただひたすらに追求します。「飛ぶ」こと自体に意味を求めます。

飛ぶことを追求する、ジョナサンの練習の日々の描写は、読んでいてめちゃくちゃ爽快です。

私にとって、このカモメの物語は、完全に自己啓発本です。「飛ぶ」ことを「仕事」に置き換えて読むこともできるし、もっと広く「生きる」ことに置き換えて読むこともできます。

ここからは、印象的な言葉の数々を物語から引用しながら、紹介していきます。

より速く、より美しく飛ぶーーー。強烈な情熱をもって、様々な飛行技術の練習を経て、ついに<限界突破>に成功したジョナサンは、喜びを爆発させます。

いまやどれほど豊かな意義が生活にあたえられたことか!漁船と岸との間を行きつもどりつする代りに、生きる目的がうまれたのだ!われわれは自由になれる!いかに飛ぶかを学ぶことができる!

ジョナサンは努力の結果、「生きる目的」と「自由になれる」方法を発見し、それを仲間たちにも伝えられることに歓喜します。

が、この喜び爆発の直後(本当に、直後です)、悲劇が起こります。

<評議集会>において、ジョナサンは「異端」とみなされ、なんと、群れから追放されてしまいます。完全に、能力が高かったり、意識高い系が疎まれてしまったケースですね。

私はこの本を読み返すたび、ジョナサンを絶望に突き落とした<評議集会>という会議の名前に笑ってしまいます。悲劇のシーンで笑うのはどうかと思いつつ、胡散臭い会議の名称としてピッタリだなーと思います。

みなさんの職場にも、こういう胡散臭い名称の会議とかありませんか?私の職場にはもちろんあります。大嫌いな会議です。。。

さて、孤独になってしまったジョナサン。

彼のただひとつの悲しみは、孤独ではなく、輝かしい飛行への道が目前にひろがっているのに、そのことを仲間たちが信じようとしなかったことだった。彼らが目をつぶったまま、それを見ようとしなかったことだった。

やがてジョナサンは、カモメの一生があんなに短いのは、退屈と、恐怖と、怒りのせいだと発見するにいたった。

失意のジョナサン。でも、いつまでもクヨクヨしないのがジョナサン。

むしろ孤独になり、「自分のためだけに飛ぶ」ことを追求する。

情熱をもって飛行技術を学び続け、自分が信じたことを継続する。

そんな彼の周りには、自然と、意識の高いカモメ達が集まってきます。飛行技術はもちろん、精神的にも、さらに成長していきます。

自分が情熱的になる。そんな情熱的な自分の周りには、やはり情熱的な人が集まる。すると自分がさらに情熱的になり、成長していく。そしてそのサイクルがぐるぐる回っていく!まさに、理想的な人間(カモメ)関係ですね。

かもめではない人間にとって、それは日々の仕事への向き合い方に置き換えることができるし、もっと広く、どういう生き方をするか、にも置き換えることができると思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

短時間でさくっと読むことができ、爽快感が得られる最高の1冊です。

ぜひ、お手に取って読んでみてください。

🦈サメぴょんは、言葉の力を信じています。🦈

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