
どうも、こんにちは。メンタル弱々リーマンの、サメぴょんです。
今回は、有島武郎『小さき者へ』をご紹介します。
何か大きい決断をする際、「親に心配をかけないか、気になってしまう方」、「親の意見が絶対で、反対できない方」におススメです。
さて、みなさんの中には、自らの人生の転機や、新しいことにチャレンジしようとする時、こんなことが頭に浮かぶ人は、いませんか。
「あれをしたい。でも、そんなことしたら、親は心配しないだろうか。」
お恥ずかしながら、サメにはあります。
例えば、時々、転職したいと思うことがある。そんな時、親が心配するだろうな、とか、今の職場にも良いところはあるし、今じゃないな、とか、色々考えて、結局転職しない。というか、決めることを、避ける。
サメの結論としては、「大事なことこそ、自分ひとりで決めるべき。親が心配するだろう事を理由に決断しないのは、責任から逃れているだけ。本当にしたいことなら、全ての責任を持って、実行すべき」と考えています。
しかし、親子関係は千差万別。サメの両親は割と放任主義で、自分のことは自分で決めさせてくれました。そうであっても、大きな決断にあたっては、両親のことが頭をよぎることもある。
一方で、厳しい家庭に育った方であれば、「親の考えファースト」で生きるのが当たり前になっている方もいるのでは。もっと言えば「親の考えの呪縛」に、長く苦しんでいる方もいるのでは。
時代は、急速にどんどん変わる。自分の世代と親の世代とでは、社会環境も、考え方も全然違う。ここで、親の考えの呪縛があると、正直、生き辛いと思います。変化に対応できない。
サメは誰かの親になったことはありません。
親になるって、どういうことだろうーーー。子に対して、親は何を想うのだろうーーー。
そんなことを考え出した時は、本書を読み返すようにしています。
本書には、親から子への、熱い想いが綴られています。そして、どんな親であっても、根底には同じ想いがあると思っている、というか、あって欲しいと願っています。
以下、引用していきます。引用後に何か書くのは気が引けるほど、力強い言葉です。なので、サメぴょんはここで失礼します(笑)
深い愛と、祈りに満ちた、魂の言葉をお楽しみください。
※ちなみに、この作品が書かれたのは、1918(大正7)年です。時代が変わっても、親から子への想いは、本来変わらないと思います。そして、そんな親の想いを受けて、私たちはどう生きるべきか、考えていきたいものです。忘れそうになる度に、本書を読み返したいと思っています。

私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤い憐れんでいるように、お前たちも私の古臭い心持を嗤い憐れむのかも知れない。私はお前たちの為にそうあらんことを祈っている。お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠いところに私を乗り越えて進まなければ、間違っているのだ。

然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、あるいはいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。ーーー私たちの愛はお前たちを緩め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。

小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
行け。勇んで。小さき者よ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
🦈サメぴょんは、言葉の力を信じています。🦈


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